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9年前は、まだ保母さんだった! 

 夫の祖母は、102才で逝った。
 私たち夫婦は働きに出、こどもたちは学校へ。
 祖母は、昼間の唯一の楽しみがテレビだった。
 私が帰宅すると、「戦争が起こるかもしれん」と、不安を口にした。
 テレビが映し出す中東のニュースと、自分が生きて感じてきた思い
 が、重なったのかもしれない。
 
 その祖母の一周忌の翌日、日本共産党の町議候補に、という話が。
 祖母の事を考えると、今、何かをしなければ、と、決意した。


約27年の保母生活に別れを

 職場は、国立病院の中の保育所。
 正式の国家公務員ではないけれど、3月30日で首切られ、4月1日
 から採用の「賃金職員」だけれども、(給与も安かったけれど)
 法の縛りだけは受けた。
 国家公務員も地方公務員も議会議員にはなれないそうな。
 「立候補します!」と言う時は、辞めたあとでないとダメだそうな。


「日本共産党の松尾ひとみです」

 課長補佐さんが「どこかで立候補を表明されましたか?」と。
 「ハイ、昨日、地区労の集会で挨拶をしました。」と、私。
 「じゃ、昨日の日付にしておきましょうね」と、補佐さん。

 10・21国際反戦デー・福岡東部地区労主催の集会で、初めて挨拶。
 今じゃ、何をしゃべったのか全然覚えていません。
 が、気持ちだけは、今と変わらないと思います。
 「戦争が、、、」と言っていた祖母の思いと、私の決意を合わせて、
 国際反戦デーの集会でしゃべったことでしょう。
 日本共産党の松尾ひとみとして。


今、大変危険な人たちが 

 戦後生まれの首相になって、閣僚たちも言いたい放題。
  非核三原則はどこへやら。
 政府与党も民主党も、憲法を変える!と。
  教育基本法も変えよう、美しい国・日本への準備のために。


今、黙ってはいられない、声をあげ、力を合わせるとき

 憲法を、暮らしを、地球環境を守るために。
 人が人として、この地球上で、ずっと暮らし続けるために。
 膝の術後で、思うようには、飛び跳ねることができないけれど
 この気持、一人でも多くの人の目に触れるよう、日記に記そう。


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    立候補します!(2006/09/12)





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