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がり勉、と思われるのがイヤで

 小学校5年6年は、クラスで毎週実力テスト。
 中学に入れば、中間・期末・実力テスト。
 結果は、職員室の前に、50番ぐらいまでは、名前が張り出されます。
 
 あれが、ものすごイヤやったとよ。
 小学校の時からの友人は、「アカハタ」配りようて知っとうばって
 中学校からの人は、ものすご、私が勉強しようと思いようとよ。
 席次を上げるために、勉強しよる、なんて思われるのがイヤやったっ
 たい。


順番つけられるとがイヤ

 自分だけにわかる、というのならわかるばって、張り出すとよ。
 小学校の時なんて、満点から順に立たせんしゃーとよ。
 クラスじゅうにわかってしまうとよ。
 こどもの時からイヤやったね~、順番つけられるとが。

 一回だけ、試験の前に勉強したったい。
 そしたら、席次がポーンと上がるとよ。
 ものすご勉強しようと思われるのがイヤで、せんやったとよ。
 いくら新聞配りをしようとゆうたって、その気になれば、朝早くは
 されるっちゃきね。


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私は、童話を読むのが好きでした

 童話、民話、伝記、いろいろ読みましたが、この時期になると
 アンデルセンの「マッチ売りの少女」を思い出します。


1本のマッチに

 空腹、寒さ。おまけに、大きな靴はどこかへ。
 素足はどんなにか冷たかったことでしょう。
 もう冷たさも、痛みも感じていなかったのかもしれません。
 かじかむ手で、マッチを壁で擦り、1本の光の中に、ろうそくを、
 ストーブを、おいしそうな料理を、見るのです。

 少女は、次々にマッチを擦り、あたたかい光景につつまれます。
 そして最後に、やさしかったおばあさんが消えないように、
 ありったけのマッチを擦って「おばあちゃん、わたしを連れて
 いって」と、お願いするのです。


少女は、おばあさんといっしょに、飢えも寒さもないところへ

 翌朝、微笑みを浮かべて凍え死んでいた少女を、人々はみつけます。
 燃え尽きた一束のマッチを見て「温かくしようとしたんだなあ」と、
 言うのですが、少女が見た美しいもの、おばあさんといっしょに、
 すばらしい所へ行った、と、想像する人は一人もいなかった、という
 内容の話ですが、何度か読みましたね~。


12月、1年最後の夜がくる

 その夜に、マッチを売らずに帰れば、父親にぶたれる。
 家は、あばら家。
 少女が通りでのぞいた窓からは、温かい光、おいしそうな料理も。


こどもの時、私自身、ツリーを見たことが無ければ、がちょうの丸焼き
などは、なおのこと。
マッチ売りの少女は、私の空想をかきたてる、よき文章だったのかも
しれない。
大人になって、ちひろの「マッチ売りの少女」を見ると、死を迎える
少女とは、とても思えないあたたか~いものが感じ取れる。
すーっと読めば、かわいそうな少女、おばあさんのいる天国にいけて
よかったなあ、で、終わっていた。


格差社会・児童虐待!

 このごろ、ちょっとひねくれなのよね~。
 窓の内側と少女とでは、天と地ほどの差が。
 よ~く考えたら、今の社会と同じやない?
 リストラされた人たち。店に品物はあふれても、買う金も無い人。
 生活保護も受けられず餓死した人たち。
 行き場のない大人のはけ口が、こどもへ。


もう、マッチ売りの少女は、つくらせない!
そのために全力でがんばる。
一人のこどもも、飢えや寒さで死ぬことが無いよう、
ましてや、いじめでの自殺や虐待死など、とんでもない。


12月、今年最後の月を、こどもたちを大切にするまちに、
すべての人々が、あたたかい気持で、新年を迎えられるまちに、
そのために、がんばる月にしたい。

 





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