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父の遺言②の1

はじめに

  綱領は日本共産党のマニフェスト

 日本共産党綱領についてお話します。綱領というと何か固いもののようですが、そうではありません。どの政党でも持っていなければならぬ「どんな日本をつくるか」という大方針のことです。
 「マニフェスト選挙」などといわれるようになりました。私は戦前の小学校までしかいっていないのでカタカナ言葉に弱く、マニフェストを広辞苑でひいてみました。①宣言。宣言書。②特に、マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」を指す。とあります。なんのことはない、マニフェストはわが「共産党宣言」なんですよね。「共産党宣言」は、一八四八年、世界ではじめて共産主義政党(共産主義者同盟)が出来たとき発表されたもので、「一つの妖怪がヨーロッパをさまよっている。共産主義の妖怪が─、」にはじまり、「万国の労働者団結せよ」で終る四万字にのぼる労働者解放の宣言書です。不破哲三さんが、日本共産党綱領は日本共産党宣言だ、といいました。とすれば、日本共産党綱領は、まさしく日本のマニフェスト、一日も早く日本国民大多数の人のものにしなければ、と思います。

  科学的社会主義は日本共産党の理論的基礎

 日本共産党は、科学的社会主義を理論的基礎にしています。ところが、この科学的社会主義という言葉がなかなかわかりづらいようで、何回も何回も私にたずね返した人がいました。科学とは何か、これまた広辞苑にたよりますと「世界と現象の一部を対象領域とする経験的に論証できる系統的な合理的認識」とあります。つまり、ものごとを経験で証明できる合理的な考え、知識なんですね。人間は、科学することで他の動物とわかれ発達し、万物の霊長などといわれるようになったのです。
 では、なぜ科学的社会主義なのか。

㋑科学的社会主義の前に空想的社会主義があった。

 科学的社会主義の元祖は、さきにあげた共産党宣言の起草者マルクスとエンゲルスですが、社会主義的な考えをとなえる人たちは、その前にいました。その代表的な人に、サン・シモン、フーリエ、ロバート・オウエンがいます。
 なぜ社会主義思想が生まれたか。十八世紀の終り、
人権=主権在民をもとめてフランス革命がおきます。同じ頃、道具から機械への産業革命を経て、資本主義がはじまります。生産力は飛躍的に高まり、人間の生活はものすごく豊かにならねばならぬのに、労働者の生活は、逆にひどいものになっていきます。人権をもとめて革命をやった人びとのなかに、これは自分たちが求めていた社会ではない。別の理想的社会をつくらねば、という考えが生まれました。それが社会主義です。この人達は素晴らしい先達ですが、どうしたら社会主義になるか、誰が社会主義への道をきりひらいていくのかを、はっきりさせきれませんでした。マルクスとエンゲルスは、この人達をはじめ、ずっと昔からの人間の知識の発展の成果と実際の社会を科学的に分析・研究し、人間の新しい未来、社会主義への道を見つけだしました。
 ここから、マルクス・エンゲルスの社会主義論を科学的社会主義といい、それまでの社会主義思想を空想的社会主義とよぶようになりました。
 くりかえしますが、マルクス・エンゲルスは、一瞬のひらめき・悟りで科学的社会主義にいきついたわけではありません。さきにあげた「共産党宣言」、これは、資本主義にたいする闘争宣言ですが、マルクス・エンゲルスが、科学的社会主義の集大成ともいうべき「資本論」にいきつくまでには、さらに十数年の歳月を要しました。マルクス・エンゲルスは、たたかいつつ社会を科学し、真の社会主義への道すじにたどりついたのです。
 マルクス・エンゲルスの、この科学する態度、これをうけつぐ心をこめて、日本共産党は 〝科学的社会主義を理論的な基礎〟 としています。





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