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尖閣列島問題にかんする日本共産党の見解/1972




友人に頼んでいたスキャナーでの解読(言い方がわかりませんので)
メールで送ってきました。誤変換があるかもしれない、とのことですが
とりあえず、公開。昨日のスキャンしたものと比べて読んで下さい。

尖閣列島問題にかんする日本共産党の見解

        一九七二年三月三十一日「赤旗」            

 日本共産党は一九七二年三月三十日、「尖閣列島問題にかんする日本共産党の見解」をまとめ、西沢富夫常任幹部会委員が記者会見してこれを発表しました。


 一、近年、尖閣列島地域の海底油田問題がいろいろ取りざたされるなかで、台湾の蔣介石の側から、ついで中華人民共和国政府の側から、にわかに尖閣列島の帰属問題がもちだされている。沖縄の立法院は三月三日の本会議で、「尖閣列島が日本の領土であることは明白な事実であって、領土権を争う余地はまったくない」むねを決議した。わが党はこの主張を妥当なものと考えてきたが、この時点で、あらためてわが党の尖閣列島問題での見解をあきらかにしたい。わが党はかねてから、この問題について、歴史的経過や国際法上の諸関係などにわたって調査、研究をすすめてきた。それによれば、尖閣列島が日本の領土であることはあきらかである。

 二、尖閣列島についての記録は、ふるくから、沖縄をふくむ日本の文献にも、中国の文献にも、いくつかみられる。しかし、日本側も中国側も、いずれの国の住民も定住したことのない無人島であった尖閣列島を自分に属するものとは確定していなかった。
 日本人古賀辰四郎氏が、尖閣列島中の魚釣島を一八八四年(明治十七年)にはじめて探検し、翌八五年に日本政府にこれらの島の貸与願いを申請した。領有という点では、一八九五年(明治二十八年)一月に日本政府が魚釣島、久場島を沖縄県の所轄とすることをきめ、翌九六年四月に尖閣列島を八重山郡に編入して、国有地に指定した。歴史的には、この措置が尖閣列島にたいする最初の領有行為であり、それ以後日本の実効的支配がつづいてきた。これが、国際法上「先占」にもとづく取得および実効的支配とされているもので、一九七〇年までの七十五年間、外国からこれに異議が公式にもちだされたことはない。  

三、この間に、さきの古賀氏が一八八五年についで一八九五年にも貸与願いを再申請し、翌一八九六年(明治二十九年)九月に四島(魚釣、久場、南小島、北小島)の三十年間の無償貸与をうけた。それ以来、開拓労働者が毎年数十名派遣され、「古賀村」が久場島にうまれた。これが人びとの最初の居住である。のち魚釣島にかつお節工場などがつくられた(第二次大戦後は再び無人となっている)。

 四、尖閣列島の領有の明確化は、日・清両国の支配層が朝鮮支配をめぐって争った日清戦争(一八九四~五年)と時期的に重なっていた。この戦争で日本が勝ち、台湾とその付属諸島、澎湖列島などを日本に割譲させた。これが正当化できないことはあきらかであるが、このなかに尖閣列島ははいっていなかった。交渉過程でも尖閣列島の帰属問題はとりあげられていない。
 一九四五年の日本の敗戦により、カイロ宣言およびポツダム宣言にしたがって、「台湾及び澎湖島」など略取地域の中国返還がきめられたが、そのなかに尖閣列島はふくまれていない。したがって、中国側も日本のポツダム宣言受諾後に尖閣列島を要求することはなかった。

 五、一九四五年以降、尖閣列島は沖縄の一部としてアメリカ帝国主義の政治的、軍事的支配下におかれ、列島中の大正島(赤尾礁=せきびしょう=または久米赤島)および久場島(黄尾礁=こうびしょう)の両島も米軍射爆場にされ、一定の地代(古賀氏の息子の善次氏への)とひきかえに、侵略的軍事目的に使用されてきた。日本政府は、一九五一年のサンフランシスコ条約第三条で、沖縄県民の意思と利益をかえりみずに、尖閣列島をふくむ沖縄をアメリカ帝国主義の軍事占領下にゆだねるとしう重大な誤りをおかした。さらに、今回の「沖縄協定」でも、自民党政俯は沖縄県民の意思をじゅううりんして、尖閣列為の久場、大正両島をふくむ沖縄県の米軍事基地の継続保持に同意している。沖縄県民をはじめとして日本国民が長期にわたってつづけてきた沖縄全面返還闘争、日本全域からの米軍事基地撤去闘争の課題のなかに、尖閣列島の米軍射爆場撤去もふくまれていることはいうまでもない。

 六、一九七〇年以降、台湾の蔣介石一派が尖閣列島の領有権を主張しはじめ、ついで中華人民共和国も一九七一年十二月三十日の外交部声明で領有権を主張するにいたっているが、それらの根拠はなりたちがたい。
 ① 中国側の文献にも、中国の住民が歴史的に尖閣列島に居住したとの記録はない。明国や清国が尖閣列島の領有を国際的にあきらかにしたこともない。尖閣列島は「明朝の海上防衛区域にふくまれていた」という説もあるが、これは領有とは別個の問題である。
 ② 中国側が尖閣列島の日本領有に歴史的に異議を申したてた先例はない。
 ③ 従来の中華人民共和国発行の全中国の地図(たとえば、一九六六年、北京地図出版社刊)にも、尖閣列島の記載はみられないし、台湾省図にも尖閣列島ははいっていない。また尖閣列島の地理的位置、経度(東経百二十三・四度ないし百二十五度の間)は、中国の地図にしめされた「領海」外にある。
 ④ 尖閣列島が、いわゆる「中国の大陸棚」の先端に位置することを「中国領」の論拠の一つにする向きもあるが、水深二百メートルを基準としたいわゆる「大陸棚」論は、海底資源にかんする説であって、海上の島の領有とは別問題である。

 七、尖閣列島の日本帰属は、以上の諸点からも明確である。この地を射爆場として侵略的軍事的目的に利用しつづけてきたアメリカは、「沖縄協定」発効後もひきつづきこれを保持しようとしている。われわれは、久場、大正両島の米軍射爆場を撤去させ、尖閣列島が平和な島となることを要求する。






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