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監督日記をお読みください




蟻の兵隊」で、奥村さんが病床の宮崎さんを訪ねるシーンがあります。
娘さんの手紙で、宮崎さんのことがよくわかりました。
娘さんのつれあいの増本さんからメールをいただきました。
メールには、池谷さんの弔辞が添付してありました。

弔辞は、「監督日記」2006・11・08に紹介されていますが、
私のブログにも転記させていただきます。

「監督日記」2006・11・24には、
   奥村さん、輝く (奥村さんの故郷での上映日)

また、その前の方には、奥村さんの気持ちも紹介されています。
池谷さんが、「監督日記」で、こんなにこまめに書いてあるとは
知りませんでした。 



監督日記
(「蟻の兵隊」 池谷薫)

宮崎参謀死す
また一人、真実を追い求めた人が亡くなった。元支那派遣総軍作戦主任
参謀中佐・宮崎舜市さん。山西残留問題に誰よりも心を留め真相究明に
執念をみせたその人である。享年99歳。ご長女の増本敏子さんによれ
ば、最期は眠るような安らかな死だったという。
敏子さんから訃報を知らされたのは、山形滞在中の今日の午後だった。
亡くなったのは昨日の午後4時過ぎだったそうだ。10月に入ってから
血流が滞るような兆候がみられたという。奥村さんと一緒に映画の報告
に伺おうと思っていた矢先だっただけに残念でならない。
奥村さんや僕を気遣ってくれたのだろう。敏子さんは『父が最後にお役
に立てたのは、「蟻の兵隊」でした』と仰ってくださった。胸が熱くな
った。
ご家族は宮崎さんが脳梗塞で倒れてからこの10年、言葉では言い尽く
せない献身的な看護を続けられた。長い間、本当にお疲れさまでしたと
心から申し上げたい。
宮崎さん。僕はあなたのような強い責任感を持つ人を知らない。言葉を
発することもできない病床にあって、あたかも魂が肉体を超越するかの
ような叫び声をあげ、確かな意思伝えようとしたあなたの執念に、映画
を観たあまたの人が震えるような感動を与えられました。あなたの墓前
に胸を張って報告できるよう、奥村さんと一緒に闘いを続けます。
旅の途上にあって駆けつけることができない僕に、敏子さんは「映画の
上映が何よりの供養ですから」と仰ってくれた。
慎んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌


★ 関連ブログ ★
  「蟻の兵隊を観る会」blog
  大津留公彦のブログ2:品川正治さんも「蟻の兵隊」だった
  再出発日記:「蟻の兵隊」監督と奥村氏の対談



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ありがとうございます。












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